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アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2010年10月8日放送

医療機関における結核感染対策

千葉大学総合安全衛生機構 教授 長尾啓一

医療従事者の結核罹患率

 結核の統計2009によれば平成20年の結核罹患率は10万対19.4でした。確実に減少して来ましたが、この数年その減少の程度はやや鈍化しています。また、疫学的に見ると結核の発症は偏在しているとよく言われます。すなわち、高齢者、基礎疾患がある方、患者接触者にその発症が多いあことがわかっています。塗抹陽性結核患者は、咳・痰という自覚症状で外来に来ることが多く、喀血で救急外来に搬送されることも少なくありません。結核発症リスクを高める基礎疾患としては、コントロール不良の糖尿病、抗TNFα薬が使用されているリウマチ、透析を受けている慢性腎不全、さらにはうつ・統合失調症を代表とする精神疾患なども挙げられます。これらの医療現場では患者のみならず医療従事者に対してもより一層の結核感染・発病対策が望まれます。
 さて、では医療従事者では本当に結核感染が多いのでしょうか。2004年のデータで看護師の推計罹患率を計算し、一般の人と比較した報告があります。それによりますと看護師の推計結核罹患率は女性で10万対46.3,男性で10万対82.5であり、一般の人との相対危険度は女性で4.3倍、男性で3.8倍とのことでした。医師、検査技師についてのデータはありませんが、同様の傾向があると考えられます。
 一方、医療機関の種類別に看護師の結核発病数の推移を調べた報告があります。これによると結核病床を有している病院での発症は経年的に減少していますが、結核病床のない一般病院、診療所での発病数は変化がないようです。これは、結核を扱う病院では結核感染対策を十分に行ってきた結果、減少してきたと思われますが、一般病院での対策はなかなか進まなかったのではないかと考えられます。したがって、これからはいわゆる一般病院、診療所でも結核対策を十分に図る必要があるといえます。また、医療機関には看護師をはじめ若いスタッフが多いので一端塗抹陽性結核患者が院内発生しますと集団感染に繋がってきます。2006年に纏められた455件の結核集団感染中23%が病院等医療機関内でした。
 さらに、何より重要なことは、医療従事者は結核のハイリスクグループであると同時にデンジャーグループであるということです。すなわち、業務上常に結核患者と接している可能性があるので知らないうちに感染を受けるリスクがあり、かつ一端医療従事者が発病すると、医療機関を受診する患者、乳幼児などに感染させる危険性があります。
 このようなことを理解していただければ医療機関での結核対策がいかに重要であるかがおわかりいただけると思います。

医療施設内結核感染対策について

 結核病学会予防委員会は、平成9年に「結核の院内感染対策について」を報告していましたが、医療機関での結核感染対策をより強化すべく本年3月に「医療施設内結核感染対策について」と題した委員会報告をあらためて発出しました。この感染対策は産業衛生活動の基本に則り、作業環境管理、作業管理、健康管理、安全衛生管理体制の整備、そして安全衛生教育といういわゆる3管理5分野の括りで纏められたものです。
 まず作業環境管理についてです。結核は飛沫核感染すなわち空気感染をしていく疾患です。したがって、結核患者を扱う病室、病棟は外から空気を取り入れ屋外に排気するという陰圧構造にしていなければなりません。痰の検査の際には、結核病棟を持たない医療機関でも呼吸器科を標榜している場合は、採痰のための専用陰圧ブースを設置するかまたは隔離された場所で採痰させて下さい。また、喀痰や培養菌を扱う臨床検査室には安全キャビネットを設置して下さい。
 次に作業管理ですが、これは個人の感染防止策と考えて下さい。結核病棟での業務、細菌室での結核菌を扱う業務の時は、結核菌が通過しないような微粒子用マスク、N95マスクといいますが、これを着用して下さい。なお、使用の際には顔にぴったりとフィットしていることを確認して下さい。フィットしていないと空中に浮遊した結核菌をマスクの脇から吸い込んでしまう可能性があります。痰や培養菌の検査操作は安全キャビネット内で行うことを強くお勧めします。
 健康管理は健康診断とその事後措置からなります。医療従事者は、年齢を問わず胸部X線検査を含めた定期健康診断の励行が義務づけられています。また、医療従事者の雇い入れ時健康診断には今回の報告で、従来推奨されていた二段階ツベルクリン反応検査は行わず、代わりにクォンティフェロン検査の実施が推奨されました。クォンティフェロン検査とは、試験管内ツベルクリン検査とも言われ、被験者のリンパ球が結核菌の特異抗原に感作されているか否かにより結核感染診断を行うものです。具体的には静脈血を凝固しないように採取し、試験管内で結核菌特異抗原と反応させます。感染していればリンパ球が血漿中にインターフェロンγを放出しますので、それをELISA法により測定して判定するものです。この検査はツベルクリンに比較して感度、特異度ともに高く、現在はクォンティフェロンGOLDとして商業ベースで実施されている検査です。雇い入れ時にこのクォンティフェロン検査を行い、万一既に感染を受けている若い新採用者であれば抗結核薬による治療を行います。陰性であればそれをその者のベースラインとして記録しておきます。生まれてこの方BCG未接種という方にはBCG接種を勧めて下さい。
 不幸にも医療機関内で活動性結核が発生した場合には、接触者を特定して接触者結核健診を行います。健診は胸部レントゲンとクォンティフェロン検査によります。注意しなければいけないのはクォンティフェロン検査の実施時期です。一般には接触後2ヶ月程で実施します。時期が早いとリンパ球の感作ができておらず感染していても陰性と判断される可能性が高いからです。
 クォンティフェロン検査が陽性であれば感染していると判断しヒドラジドによる治療を行います。現在、この治療は予防内服とはいわず潜在性結核の治療と呼んでいます。また、この検査で陰性であるからといって「感染を受けていない」とは必ずしも言えません。濃厚接触者にはその後も十分注意が必要です。
 現在の結核予防の基本は、一律、集団に胸部X線健診をするのではなく、ハイリスクグループに標的を絞って健康診断をし、早期発見・早期治療をすることです。ここでいうハイリスクとは、先に述べたような結核患者接触者、高齢者、医療従事者、基礎疾患のある方です。

結核感染対策体制の構築

 結核感染対策体制の整備に移ります。医療機関の管理者は感染対策に関する委員会を設置する必要があります。また、感染対策委員会の他に感染対策チーム(infeftion control team:ICT)を決めておくと感染事例があったときに速やかなアクションができます。結核感染対策に関するマニュアルを作成しておくとさらに良いと思います。
 安全衛生教育については、教育プログラムに必ず結核感染対策を盛り込んで下さい。健康診断の重要性、咳エチケット、激しい咳嗽患者に対するトリアージ診察、N95マスクの着用法等の他に、結核患者発生時の情報伝達ルート、そして法律で決まっている保健所への届け出についても必ず教育が必要です。特に保健所は後に接触者健診などで介入してきますので綿密に情報交換が求められます。

 結核は不治の病ではないからとないがしろにされがちですが、ひとたび医療機関で集団感染がおこるとその社会的影響は極めて大きいものです。そのようなことにならないよう普段からの結核感染対策に努めていただきたいと思います。

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