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アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2008年10月31日放送

東アジアにおける重症エンテロウイルス71感染症の流行と分子疫学

国立感染症研究所ウイルス第二部 室長 清水博之

エンテロウイルス71とは

 エンテロウイルス71は、手足口病の主要な原因ウイルスのひとつで、コクサッキーA16型、コクサッキーA10型などコクサッキーA群ウイルスの一部とともにA群エンテロウイルスに属しています。手足口病は、口唇粘膜および手足の指先にあらわれる発疹を特徴とする発熱性疾患で、毎年夏季を中心に流行する、予後の良い一般的なエンテロウイルス感染症です。しかし、1990年代後半以降、東アジア地域では、マレーシア、台湾、ベトナム、中国等において、エンテロウイルス71による大規模な手足口病の流行時に小児の急性死症例が多発し、大きな社会問題となっています。急性死症例の多くが、エンテロウイルス71の中枢神経感染によるエンテロウイルス71脳炎およびそれに起因する神経原性肺水腫であることが明らかとなり、東アジア地域におけるエンテロウイルス71感染症のひろがりとエンテロウイルス71脳炎の流行について注目が集まっています。2008年の3-6月には、中国本土で、大規模な手足口病流行が発生し、とくに安徽省では、短期間に20名以上の急性死症例が報告されました。ワクチン・抗ウイルス剤等、手足口病を含むエンテロウイルス感染症に対する予防治療法は、いまのところ存在しません。そのため、とくにエンテロウイルス71による手足口病流行時には中枢神経合併症の発生動向の注意深いサーベイランスが必要とされています。

エンテロウイルス71の分子系統解析

 東アジア地域におけるエンテロウイルス71感染症の流行を受けて、エンテロウイルス71の感染伝播様態を解析するため、また、強い神経病原性を有する特定の遺伝子型のエンテロウイルス71が伝播している可能性を検討するため、この地域のエンテロウイルス71分離株の分子系統学的解析が進められています。手足口病患者あるいは中枢神経合併症患者から分離されたエンテロウイルス71の構造蛋白質、主としてカプシドVP1蛋白質領域の塩基配列解析し、それをもとにして、分離株遺伝子の相同性解析および分子系統解析を行います。これらの解析により、分子系統学的関連性の高いウイルス分離株をグループ分けし、遺伝子型に分類することが可能となります。その結果、1970年代以降、東アジア地域を含む世界各地で分離されたエンテロウイルス71は、1970年に米国で分離された1株を除くと、すべての分離株が、2種類の遺伝子型であるgenogroup Bおよびgenogroup Cに分類できることが分かりました。各遺伝子型を、より詳細なsubgenogroupに分類すると、genogroup BはB1〜B5、genogroup CはC1〜C5に分かれます。

東アジアで流行しているエンテロウイルス71の遺伝子型

 近年、マレーシア、台湾、日本を含めた多くの地域では、genogroup BおよびC、2種類のgenogroupが混在して伝播しており、どちらのgenogroupも、この地域の手足口病流行に関与していることが分かりました。より詳細にsubgenogroupの分布を解析すると、1990年代後半以降、genogroup B3およびB4、また、genogroup C1およびC2が、東アジアの多くの地域で分離されています。1997年のマレーシア、および1998年の台湾におけるエンテロウイルス71脳炎をともなう大規模な手足口病流行では、それぞれ、genogroup B3およびgenogroup C2が主要な流行株でした。日本では、1970年代~2000年代にかけて、C3とC5を除く、ほぼすべてのgenogroupのエンテロウイルス71が分離されています。以前、日本で多く分離される遺伝子型は、genogroup B4およびgenogroup C2でしたが、最近新たに中国本土で見つかったC4が、日本および台湾でも、2003年以降認められており、最近、報告されたB5も、日本、台湾、マレーシアで報告されています。このように、東アジア地域からは、多様な遺伝子型を有し、かつ、他の東アジア地域で分離されるウイルスと分子疫学的関連性の高いエンテロウイルス71が多く分離されています。他のエンテロウイルスと同様、エンテロウイルス71においても地域固有のウイルス伝播は、むしろ例外で、広範囲な地域で頻繁にウイルス伝播が起きていると考えられますが、韓国のC3およびベトナムで最近報告されたC5のように、その地域に固有とされる遺伝型も報告されています。

エンテロウイルス71遺伝子型と疾患の重篤化との関連性

 1990年代後半に発生したマレーシアおよび台湾でのエンテロウイルス71脳炎の流行が再興感染症として問題となって以来、中枢神経病原性の強い特定のgenogroupのエンテロウイルス71が、これらの疾患の流行に関わる可能性が指摘されてきました。しかし、これまでの分子系統解析によると、特定のエンテロウイルス71遺伝子型と疾患の重篤化との明確な関連性は認められていません。1970年代に、ブルガリアおよびハンガリーで多数の死亡例を含むポリオ様疾患の流行を起こしたエンテロウイルス71分離株の塩基配列はB1に属し、その当時の日本の手足口病流行株と高い相同性を示します。また、1997年のマレーシアと1998年の台湾での主要な流行株は、明らかに異なる遺伝子型(genogroup B3およびC2)でした。台湾では、エンテロウイルス71流行株の遺伝子型は、1998年のC2から2000年のB4、その後、C4あるいはB5へと頻繁に変化してしますが、継続して死亡例を含む多くのエンテロウイルス71重症例が報告されています。また、今年の中国本土の流行株は、C4と報告されています。分子系統解析に反映されない僅かなゲノム遺伝子変異が病原性に関与している可能性は否定できませんが、すべての遺伝子型のエンテロウイルス71は、手足口病の主要な起因ウイルスであるとともに潜在的中枢神経病原性を有していると考えられています。手足口病は、毎年夏期を中心として流行する、予後の良い、ありふれたエンテロウイルス感染症であり、流行のつど過度に反応する必要はありません。しかし、他の東アジアの国々と同様、エンテロウイルス71による重症エンテロウイルス感染症の流行が日本でも発生するリスクは高く、手足口病のサーベイランスおよび分子疫学的解析によるエンテロウイルス71伝播のウイルス学的モニタリングが重要です。

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