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アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2008年10月3日放送

歯周病による全身への影響

東北大学大学院歯学研究科 教授 島内英俊

歯周病とは

 今回は口腔内の2大感染症の一つである歯周病が全身に与える影響についてお話をしたいと思います。ご存知のように口腔内の感染症はこれまでfocal infection(病巣感染)を引き起こし、細菌性心内膜炎の原因となると考えられてきました。しかし、これはすでに易感染性を有する患者や心臓弁置換術後患者について言われてきたことで、一般の人々に全て当てはまることとは考えられていませんでした。しかし近年、このような易感染性を有しない患者においても、歯周病が直接全身疾患のリスクとなる可能性が指摘されています。
 歯周病という病気は、言うまでもなく歯の表面に付着する細菌性プラークにより歯周組織に引き起こされる慢性炎症性疾患です。主な症状は歯周ポケットの形成、歯肉の発赤・腫脹や出血、口臭、歯肉からの排膿、歯の動揺や移動などですが、歯周病は、歯を支えている歯周組織のうち一番表層にある歯肉のみに限局した炎症である歯肉炎と、その内部にある歯槽骨などの組織に炎症が波及した歯周炎の2つに大別されます。いわば歯肉炎は軽症、歯周炎は重症とも言える訳ですが、このうち全身疾患に対する影響が着目されているのは歯周炎です。
 日本人における歯周病の罹患実態はどうかというと、厚生労働省歯科疾患実態調査を基に、(1) 10代前半ですでに半数が歯周病の徴候を認め、加齢とともに有病率が上昇すること、(2) 中等度歯周炎も同様に加齢に伴い増加し、60歳前後で50%以上の人が罹患していること、(3) 重度歯周炎の有病率は55歳以降がピークであるということが知られています。さらに最新の同調査では、前回と比べ高齢者で歯のある者が増えたため、逆に歯周炎有病者の割合も増えたという結果が示されています。すなわち歯周病は日本人において非常に普遍的に起きる病気であり、かつ歯を失う最大の原因であるといえる訳です。

細菌感染症としての歯周病の特徴

 歯周病が全身疾患に及ぼす影響を理解するためにはまず感染症としての歯周病の特徴を知っておく必要があります。歯周病はデンタルプラークを原因とする慢性感染症ですが、デンタルプラークは歯肉の辺縁との関係により歯肉縁上プラークと歯肉縁下プラークに分けられます。両者の病原性も異なっており、縁上プラークは炎症を惹起するのに対して、縁下プラーク中には歯周組織の破壊に関与するいわゆる歯周病原菌が存在しています。歯周ポケットを取り巻く歯肉溝内縁上皮は炎症の進行により微小な潰瘍を形成することが知られており、ここから歯周病原菌や菌体由来の病原物質は歯肉に侵入していくことができます。また歯肉中ではこれらの病原物質に対する免疫応答が活発に誘導され、炎症性サイトカインなどが大量に産生されています。これらの物質は細菌に対する免疫防御に大切なものですが、逆に骨の吸収を促進することにより歯周組織の破壊にも関わっています。

歯周病がリスクとなる全身疾患

 これまでにどのような全身疾患が歯周病との関連性が報告されているかですが、最も重要なものでは心血管疾患、さらに糖尿病、低体重時早産、脳血管疾患、誤嚥性肺炎があり、加えて末梢血管に閉塞を生じるバージャー病、骨粗鬆症や掌蹠膿泡症などとの関連についても報告がなされています。ここで気をつけなければいけないのは、歯周病の全身疾患への直接的な影響が報告されるようなって10年以上が経過しており、この間に数多くの報告がなされ、結果も様々なことです。例えば、心血管疾患リスクとしての歯周病の重みを評価した研究の初期のものは1989年のフィンランドにおける横断研究にまでさかのぼることができ、その後1993年のアメリカでの大規模な長期コホート研究で歯周炎有病者の冠状動脈心疾患リスクは1.5倍という値が報告されています。この報告は以上にセンセーショナルで当時アメリカの新聞に”Floss or Die?”とういう見出しで紹介されました。しかし、その後の研究報告は様々で、なかには有意のリスクでないとするものもあります。2007年にAmerican Heart Journalに掲載された最新のシステマティックレビューでは、信頼性の高い研究報告をまとめてメタ分析を行い1.14倍という相対危険度が示されています。この値は有意なので、当初言われていたよりもやや低いものの、歯周病はやはり心血管疾患のリスクと考えられます。同じことは低体重児早産についても言え、最初の1996年のアメリカの報告では7.7という非常に高いオッズ比が報告されましたが、この話題に関する2005年のシステマティックレビューでは、同様にメタ分析の結果4.28倍という値に落ち着いています。

歯周病が全身に影響を及ぼすメカニズム

 さて口の中の感染症である歯周病が全身疾患に影響を与えるルートですが、いくつかの仮説が立てられています。まず1つ目は、直接歯周病原菌や炎症性サイトカインが歯肉から血管の中に侵入して、心臓や子宮などの標的臓器に直接到達するという経路です。これまでに歯周病原菌の一部が歯肉の中に侵入していること、あるいはバイパス手術のため摘出した冠状動脈の狭窄部に口の中にいる歯周病原菌が見つかることなどが報告されています。また、バージャー病患者の末梢血管栓塞部位に口の中にいるのと同じ歯周病原菌が検出されたという報告もあり、これをサポートするものと言えます。一方、歯周病に罹った歯肉中で産生される炎症性サイトカインが歯肉の血管から血中に入って他の臓器に運ばれるルートですが、例えば代表的な炎症性サイトカインの一つであるTNF-αは動脈硬化の増悪や子宮の収縮を引き起こしたりするばかりでなく、糖尿病患者のインスリン抵抗性に関わっており、血中濃度の上昇がリスクになると考えられています。この点に関して、糖尿病患者で歯周治療を行うとHbA1Cの低下と同時にこのTNF-αが下がったという報告があります。
 2つ目は同じく血管の中に侵入した細菌やサイトカインが肝臓に到達して、そこで他の炎症性タンパクの産生を引き起こしてそれが別の臓器に作用するという経路です。これについては、重症の歯周炎の患者でCRP濃度が血中で上昇しており、それが治療によって低下するという報告がいくつもあります。これ以外の経路としては、歯周炎の病巣歯肉中での自己免疫応答の誘導が想定されていますが、これについては十分な証明がされていません。

歯周病と生活習慣病の関係について

 最近になって、歯周病と肥満あるいは血中脂質異常症との関係についての報告が増えてきました。どういうものかと言いますと、日本で行われた研究では体格指数(BMI)を用いて調べたところ、太り過ぎの人はやせている人に比べて8.6倍歯周炎が悪化しやすいことが報告されています。同様の報告が海外からもこの後続いているばかりでなく、歯周炎患者は健康な人に比べて中性脂肪濃度が高いということも報告されています。これらを加えたとき全身疾患リスクとしての歯周病の役割を新たな観点から捉えることができます。すなわち、すでに歯周病がリスクとなることが報告されている糖尿病、循環器疾患などは肥満を発症基盤として生じるメタボリックシンドロームの連鎖の中で発症リスクが高まる病気です。従って、歯周病はメタボリックシンドロームの連鎖全体に影響を及ぼしているのではないかと考えられるようになってきており、そのメカニズムを解明すべく基礎的研究が進んでいます。

 以上述べてきましたように、全身疾患リスクとしての歯周病の役割についてはまだ不明な部分もありますが、次第に高いレベルのエビデンスが集積しつつあるのが現状と言えます。

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