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帝京大学皮膚科 教授 渡辺晋一
黄色ブドウ球菌は,健康人の皮膚または鼻腔での保菌率が高く,全人口の約25〜30%に常在しています。そして皮膚科領域の細菌感染症の半数近くが黄色ブドウ球菌によるものですが、分離される黄色ブドウ球菌の20〜40%をメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が占めています。
病院内でみられる院内獲得型MRSA感染症は通常,入院患者のうち,高齢患者または重症患者,開放創のある患者,または挿管している患者に多くみられます。また他のMRSA感染症を引き起こすリスクファクターとしては,長期入院,広域スペクトルの抗生物質の投与,集中治療室への在室,他のMRSA患者への接近,外科手術,またはMRSAの定着などがあげられます。MRSA感染症は、MRSA患者との直接的な接触またはタオル,ベッドシーツ,創傷被覆材,衣服などを介しての間接的な接触により伝播しますが、MRSAの空気感染は稀です。
過去,MRSAと言えば病院内に限られたものでしたが、近年市中獲得型MRSAが世界中で重大な問題となっています。市中獲得型MRSAは、過去1年間入院していない者、または透析,外科手術,カテーテルなどの医学的処置を受けていないものに生じたMRSA感染症をさします。そして市中MRSA感染症は,皮膚の感染症が一般的であり,健康な人に発生するのも一つの特徴です。
また市中獲得型MRSA感染症の疫学的特徴は,院内獲得型MRSAと異なり、院内獲得型MRSA感染症を引き起こすリスクファクターが確認されていないことです。さらに,抗菌薬感受性パターンも、多数の抗生物質に耐性を示す院内獲得型MRSAと異なり,市中獲得型MRSAはβ-ラクタム系抗生物質に対してのみ耐性が多いことです。またパルフィールドゲル電気泳動法による型判別では、院内獲得型MRSAは他の院内感染型の株と関連していますが、市中獲得型MRSAは独特のパターンを示すことも明らかにされています。
皮膚科領域の細菌感染症から分離されるMRSAは、市中獲得型MRSAが主なもので、その分離頻度はここ数年の間、特に大きな変化はありません。また分離される疾患の内訳にも大きな変化がありませんが、患者の高齢化に伴い、褥瘡や糖尿病性潰瘍などの潰瘍面からのMRSAの分離頻度が上昇しているようです。
一般に皮膚では糜爛などの傷口があれば、皮膚のバリアー機能が破綻し、そこに種々の細菌が繁殖します。その内の一つがMRSAで、特に種々の抗菌薬の投与が行われていると、MRSAが選択され、MRSAだけが残ることになります。宿主が健康であり、皮膚の創面が治癒すれば付着したMRSAは排除されますが、宿主が健康であっても皮膚創面が治癒しなければ、MRSAはそこで増殖し、定着します。この状態で創面の局所免疫が低下すると、局所のMRSA感染症、つまり皮膚感染症をおこし、さらに宿主の全身状態が悪化すると全身のMRSA感染症を引き起こすことになります。
皮膚科領域で特に問題となるMRSA感染症はブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群です。ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群は、黄色ブドウ球菌が産生する表皮剥奪毒素によって、全身の潮紅、紅斑が生ずる疾患です。原因となる黄色ブドウ球菌は鼻腔内に定着している場合もありますが、先行する伝染性膿痂疹や癤などの起炎菌である黄色ブドウ球菌のこともあります。これらの細菌感染症があれば、抗菌薬の投与を受けていることが多く、原因となった黄色ブドウ球菌がMRSAであると、通常の抗菌化学療法では反応しません。この時、起炎菌の黄色ブドウ球菌が表皮剥奪毒素産生株であると、産生される表皮剥奪毒素によりブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群が発症します。そして1993年頃よりMRSAによるブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群が増えています。
ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群になると、全身の潮紅、紅斑が出現するため、しばしば薬疹と間違われます。特にブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群では水疱と糜爛が生ずるため、重症薬疹と誤診されやすく、実際薬疹を疑われ紹介されるブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群患者は少なくありません。ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群では、特異的な顔貌と全身の紅斑、特に頚部、腋窩、鼠径部のびまん性の紅斑と皮膚を触ると痛がる、いわゆる擦過痛が特徴です。乳幼児では薬疹は少なく、ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群を常に念頭に置いて診察すれば、誤診することはありません。
また湿疹・皮膚炎群の病変から細菌培養を行うと、黄色ブドウ球菌をはじめとする種々の細菌が分離されることが多いのですが、単に菌が付着しているだけのことも多く、ステロイド外用剤で湿疹・皮膚炎病変を治療すると、そこに定着している細菌も自然に消失してしまいます。そのため、細菌培養で細菌が得られたからといって、安易に抗菌薬の投与を行うべきではありません。不必要な抗菌薬の投与は、抗菌薬に感受性がないMRSAを選択し、菌交代現象を引き起こすからです。しかし時には分離された細菌が病変部で感染を起こしていることもあります。このような場合は、抗菌薬の投与を行わなければなりません。
細菌が分離された場合、それが感染か定着かを鑑別することが大切です。鑑別には病変部に感染症状、つまり発赤、腫脹、疼痛、熱感があるかどうかということが重要です。あるいは、検体のグラム染色で好中球の貪食像の有無、つまり貪食像があれば感染、なければ定着、あるいは培養した菌量が多いか少ないかで、感染か定着かを判定します。菌量では分離された黄色ブドウ球菌が1cm2あたり107cfu以上となった場合が一つの目安になりますが、クリアーカットに決められるものではありません。
では皮膚科領域の皮膚感染症の治療はどうしたらよいでしょうか?
皮膚感染症の場合、原因菌は黄色ブドウ球菌をはじめとするグラム陽性菌が多いので、β-ラクタム系薬やマクロライド系薬の経口投与3日程度で軽快傾向が認められます。しかし起炎菌がMRSAの場合は3日経ってもあまり軽快せず、治療が遷延化します。したがって上記薬剤での反応が悪い場合は、MRSAを想定し、抗菌薬の変更を行わなければなりません。皮膚科領域で分離されるMRSAは院内獲得型MRSAと異なり、β-ラクタム系薬やマクロライド系薬以外の薬剤には感受性があることが多いので、ミノサイクリンかフルオロキノロン、特にレスピラトリーキノロンを投与します。しかし、ミノサイクリンは歯牙の着色、フルオロキノロンは関節軟骨の損傷作用があるため、小児には使用できません。そこで小児にはホスホマイシンの単独投与かβ-ラクタム系薬とホスホマイシンの併用を行ないます。但しホスホマイシンは最初に投与し、その後β-ラクタム系薬を投与するのがよいようです。そして8歳以上の場合はミノサイクリン、16歳以上の場合はフルオロキノロン、特にレスピラトリーキノロン(高用量のレボフロキサシンかトスフロキサシン,ガチフロキサシン、モキシフロキサシン)に変更します。これらの薬剤で多くのMRSA感染症に対応できますが、すべてのMRSA感染症をカバーできるとは限りません。そこでリファンピシンやST合剤などの投与が必要な場合もあります。また、重症例ではvancomycin(VCM)、arbekacin(ABK)、teicoplanin(TEIC)、Linezolid(LZD)のような抗MRSA薬が必要になることもあります。しかし、外来の皮膚細菌感染症患者では抗MRSA薬を投与しなければならないことはほとんどありません。