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東京都立駒込病院 感染症科 医長 菅沼明彦
破傷風は、破傷風菌Clostridium tetaniの感染により発症する疾患であり、その最初の記載は紀元前までさかのぼります。1899年北里柴三郎により破傷風菌が分離され、その病原性が証明されました。破傷風菌は芽胞を形成する嫌気性菌であり、土壌や動物の腸管内に生息します。
破傷風菌は外傷を契機に感染します。創傷部に形成された嫌気的な環境が破傷風菌の増殖を招きます。破傷風菌は、テタノスパスミンとテタノリジンの2種類の毒素を産生しますが、破傷風の病態に関連するのは、神経毒であるテタノスパスミンです。
テタノスパスミンは、重鎖と軽鎖から成る一本鎖のポリペプチドであり、神経筋接合部より神経細胞に侵入します。その後、軸索を逆行性に移動し、最終的に中枢神経系に至ります。これにより抑制系の神経伝達物質の放出が阻害され、破傷風の中心的な症状である筋痙縮が生じます。
破傷風は、感染症法上5類感染症に指定され、診断した医師は保健所への報告義務があります。1999年から2006年までの年間報告数は、約100例前後で推移しています。
定期予防接種としてジフテリア、破傷風、百日咳(DPT)3種混合ワクチンが1968年より開始されていますが、これ以前に生まれた人の破傷風抗体保有率は著しく低いことが知られています。そのため、日本国内の破傷風感染者の多くは、免疫を有していない中高齢者となっています。
世界的には、アフリカなどの発展途上国を中心に、分娩時の処置により感染した新生児破傷風が多くみられます。国際保健機関によると、2000年には58カ国で20万人の新生児、3万人の出産後の女性が破傷風に罹患したと報告されています。
欧米では静脈薬物使用者において破傷風の発生が認められ、英国では2003年から2004年に、薬物使用者の破傷風が24例報告されています。
潜伏期は、数日から数カ月とばらつきがありますが、平均約1~2週間といわれます。潜伏期が短い症例、発症後に急速に悪化した症例、発熱より入院までの期間が長い症例及び高齢者において死亡率が高くなります。
病態としては、全身性破傷風、局所性破傷風、頭部破傷風があり、なかでも頻度が高くかつ重篤であるのが全身性破傷風です。
全身性破傷風は、徐々に進行する口腔周囲の筋痙縮により発症し、本症に特徴的とされる開口障害を呈します。さらに、筋痙縮が咽頭に生じると気道閉塞をまねき、胸部に生じると呼吸が困難となります。症状が進行すると、全身の筋痙縮が些細な刺激でも誘発され、後弓反張を認めます。また、括約筋にも痙縮が及ぶため、便秘や尿閉をきたすこともあります。
破傷風では、交感神経系の機能不全(Autonomic dysfunction)も問題となります。これにより心拍数と血圧の激しい変動や不整脈が出現し、予後を悪化させます。
軽度の発熱を認めますが、高熱を呈する場合は他の感染症の合併が示唆されます。また、合併症として、感染症以外にも、腎不全、電解質異常などが認められます。
検査所見では、血液検査にて白血球増多がみられます。また、髄液所見は、一般に異常が乏しいとされています。
局所性破傷風は、創傷付近の1肢や体の一部に限局して筋痙縮をきたす、まれな病態です。開口障害を呈さないため、診断は容易ではありません。
頭部破傷風は、外傷や中耳炎などによる頭頚部への感染により、脳神経のみが障害されるものです。顔面神経が最も多いのですが、その他の脳神経も単独で、あるいは複数にわたり障害されることがあります。また、頭部破傷風から全身性破傷風へ移行することもあります。
診断には、外傷の既往の聴取が重要です。しかし、本人が自覚しない軽微な傷からも感染は起こり得ます。症状からは、開口障害が診断の契機となります。破傷風菌を証明するため創傷部位の細菌培養は必要ですが、その検出率は非常に低いことが知られています。
鑑別疾患として、まず脳炎や髄膜炎などの中枢神経系の感染症が挙げられますが、破傷風では、髄液所見の異常に乏しく、意識がおおむね清明であることが、重要な鑑別点となります。他の鑑別疾患として、開口障害を来しうる扁桃周囲膿瘍や歯肉炎などの口腔内感染症、向精神薬の副作用による錐体外路症状などが挙げられます。
破傷風患者の多くは、破傷風トキソイドを接種していないか、接種回数が不十分であり、ワクチン接種歴の聴取も重要です。
治療では、まず創傷部のデブリートメントを行い、破傷風菌を含んだ壊死組織を除去します。テタノスパスミンは組織と不可逆的に結合しますが、遊離しているものには抗破傷風免疫グロブリン(Tetanus immunoglobulin:TIG)による中和が可能です。TIGの投与量は、500~1000単位とするものから、3000~6000単位の高用量を推奨する意見まで専門家の間で議論があります。破傷風を発症しても、免疫は得られないため、患者には必ず破傷風トキソイドを接種しなければなりません。
抗菌薬投与は、従来からペニシリンGが第一選択薬として用いられていますが、近年メトロニダゾールがより有効であるとの報告もみられます。メトロニダゾールを第一選択とする意見もありますが、国内ではメトロニダゾールの静注薬が市販されていないことが難点となります。
筋痙縮への対策として、呼吸管理下でジアゼパムやミダゾラムなどのベンゾジアゼピン系薬剤が積極的に用いられます。これにより十分な効果が得られない場合は、パンクロニウムやベクロニウムなどの筋弛緩薬が使用されます。また、静脈麻酔薬であるプロポフォールが有効との報告もあります。
Autonomic dysfunctionへの対策としては、神経からのアドレナリン遊離を抑制するとされる硫酸マグネシウムの有用性が確認されています。硫酸モルヒネもAutonomic dysfunctionに対して用いられ、心拍数減少、血圧低下が得られることが報告されています。β遮断薬は、突然死を招く可能性から禁忌とされていますが、海外ではα遮断薬・β遮断薬の有用性が報告されています。また、キシロカインやブピバカインなどを用いた持続硬膜外麻酔が試みられることもあります。
喉頭、呼吸筋の筋痙縮、鎮静剤、筋弛緩薬の使用により呼吸が困難となった場合は、気管内挿管による気道確保と、適切な人工呼吸管理が必要です。また、肺炎などの感染症治療、水電解質の調整、栄養管理、便秘・尿閉対策なども重要となってきます。
破傷風の治療はこれまで示しましたように、集中治療を要するため、その経験が豊富なスタッフと十分な設備が必要不可欠であるといえます。
破傷風の予防には、破傷風トキソイドの接種が有効です。定期予防接種では第1期として生後3ヶ月以降にDPTワクチン4回接種し、第2期にジフテリア・破傷風2種混合ワクチン(DTワクチン)の接種が行われます。さらに免疫を持続させるためには、10年間隔で破傷風トキソイド、またはDTワクチンの追加接種が推奨されます。
全く免疫を有していない人には、破傷風トキソイドを3回接種することで免疫をつけることが可能です。ワクチンを接種した際には、被接種者が保管できるように接種記録を作成することが必要です。
外傷時の破傷風曝露後予防は、適切な創処置と、抗破傷風免疫グロブリン及び破傷風トキソイド(あるいは破傷風トキソイドを含んだワクチン)の接種が重要です。具体的な対応は、創の状態と、破傷風トキソイドの接種歴により決められます。これについては、米国小児科学会のガイドラインが有用ですのでご参照ください。