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アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2008年6月20日放送

小児ヘリコバクター・ピロリ感染症

東北大学大学院 小児病態学 非常勤講師 加藤晴一

 ヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ菌)は、世界で約50%のヒトが感染し、慢性胃炎や消化性潰瘍の主因であることが、明らかになっています。その功績により、Warren、Marshall両氏が、ノーベル医学・生理学賞を受賞したことは、記憶に新しい所です。1995年に、WHOの国際癌研究機関が、ピロリ菌を明確な発癌因子と認定し、胃癌との関連についても、今日精力的に研究されています。
 本日は、時間の関係上、小児のピロリ菌感染症に関して、感染経路、関連疾患、そして胃癌の予防戦略における小児の位置付けなどをお話します。

ピロリ菌の疫学と感染経路

 ピロリ菌は、5%の酸素濃度を要求する微好気性のGram陰性らせん桿菌です。感染率は地域差が大きく、環境・衛生状況が感染を左右すると推測されます。海外の研究で、小児期感染のほとんどが5歳以下、中でも2、3歳に起こることが報告され、感染時期として、小児期早期が重要であると考えます。
 日本の小児の感染率は、平均で12%と先進国型を示し、高い感染率を示す中・高年者と大きく異なります。日本の混合型の感染パターンは、世界大戦後の衛生環境の改善で説明でき、今後さらに先進国型に近づくと予想されます。
 ピロリ菌の自然宿主は、基本的にヒトだけで、ヒトからヒトに感染すると考えられます。感染が成立すると、長期にわたり、胃の粘液層に生息します。口腔や糞便から、ピロリ菌のDNAなどが検出され、感染源と考えられています。したがって、推定される感染経路は、口から口、ないし糞便から口です。しかし、主経路を含め、不明な点が多く残されています。感染経路の特定を困難にしている要因に、ピロリ菌が糞便中などで取る形態、coccoid formがあります。ピロリ菌は本来らせん形ですが、coccoid formは不利な環境で取る形態的・機能的変化、いわゆるVNC(viable but not culturable)で、培養できません。これが、遺伝子的手法を用いた検討を困難にしています。河川など、環境中からの培養は成功しておらず、感染し得るピロリ菌が、どこに生息しているか分かっていません。
 一方、感染様式として、家族内感染が重要です。中でも、家族数、母親や兄弟が重要な因子ですが、母親に関しては、母乳保育が危険因子か、逆に防御因子かが問題です。賛否両論ですが、我々のマウスの検討では、母乳自体は感染を抑制しますが、母乳保育などを介した、母子間の緊密な接触が最終的には危険因子になる結果でした。母乳保育による感染防御はできないと考えます。
 また、ピロリ菌の感染初期像、つまり感染獲得時に、症状を呈するのかは分かっていません。
 ノーベル賞受賞者のMarshallは、自らピロリ菌の培養液を飲み、急性胃炎を発症したことは有名です。また、内視鏡検査による感染例や、感染初期と考えられる幼児の急性症状なども報告されています。しかし、症例対照研究は、小児でよくみられる反復性腹痛とピロリ菌との関連性を否定しており、小児の多くは、無症状で感染が成立すると考えます。

消化管疾患とピロリ菌の関連性

 ピロリ菌は、胃粘膜に慢性炎症を惹起します。これが慢性胃炎です。小児によくみられる結節性胃炎は、その典型像と考えます。この慢性炎症が、様々な疾患の発症に関連しますが、発症するのは一部の感染者だけで、慢性胃炎そのものが、必ずしも疾患を意味しないことに注意が必要です。ピロリ菌の毒性、宿主遺伝因子、そして環境因子が発症を規定しますが、決定的因子は特定されていません。たとえば、CagAという分泌蛋白により、ピロリ菌は毒性が強い東アジア株と、弱い欧米株に大別されます。しかし、我々の検討では、小児の分離株のほとんどが東アジア株でした。毒性因子の研究は、これからと言えます。
 次に、消化管疾患との関連についてお話します。2005年に、我々は、小児の治療ガイドラインを改定し、幾つかの疾患を除菌適応としました。この中から、主な疾患に絞ってお話します。
 まず、胃・十二指腸潰瘍ですが、エビデンスとしては、1995年のメタ分析が主なもので、胃潰瘍を含め、ピロリ菌との関連については不明な点がありました。しかし、我々の多施設研究により、結節性胃炎のピロリ菌陽性率はほぼ100%、十二指腸潰瘍は83%、胃潰瘍は44%であり、非結節性胃炎を対照とした解析により、ピロリ菌との関連性が立証されました。興味あるのは、10歳以上では、両潰瘍とピロリ菌の関連を認めましたが、9歳以下では、有意な関連がみられなかったことです。また、胃潰瘍の陽性率が、成人と比べて低いことも分かりました。 
 これらの事実は、時間の経過に伴う、慢性胃炎の萎縮性胃炎への進行で解釈できます。特に、後ほどお話しますが、胃潰瘍は胃粘膜の萎縮が関連すると考えられ、発症には一定の時間経過が必要と思われます。

ピロリ菌関連の消化管外疾患

 ピロリ菌関連の消化管外疾患としては、鉄欠乏性貧血、慢性ITP、成長障害、あるいは慢性じんま疹などが議論されています。ここでは、エビデンスが蓄積している鉄欠乏性貧血についてお話します。
 小児期の鉄欠乏性貧血の原因として、鉄の摂取不足、消化管出血、そして成長に伴う鉄需要の増加があげられます。しかし、第4番目の要因として、ピロリ菌が浮上しています。多くの症例報告や疫学・コホート研究が、両者の関連性を支持しています。報告例の多くが、小児、若年者であることは特記すべきです。また、疫学研究は、ピロリ菌が、高頻度に潜在的な鉄欠乏状態を起こすことも明らかにしました。ピロリ菌が、ヒトの鉄代謝に大きく影響していることは間違いと考えます。機序として、いくつか仮説がありますが、その一つにピロリ菌による宿主の鉄利用があります。細菌を含め、鉄は、細胞の維持・増殖に必須の元素です。ピロリ菌は、膜表面に鉄結合蛋白を発現しており、我々宿主の鉄を巧みに利用し、胃に生息しているようです。しかし、なぜ一部の感染者に貧血が顕在化するのかは不明で、今後の研究が待たれます。

小児における胃粘膜萎縮

 最後に、胃癌との関連において、小児期感染の意味を考えてみます。胃癌、特に分化型腺癌の発生に、胃粘膜の萎縮が重要とされます。本邦成人の研究では、年齢依存的に萎縮が進行し、このことが高い胃癌発生と関連しているようです。小児期感染と萎縮の関連は、胃癌大国の日本においては、特に興味あるテーマですが、洋の内外を問わず、エビデンスレベルの高い研究はありませんでした。私は、最終的に196例を対象とした多施設研究を行い、ピロリ菌により、小児にも萎縮が発生することを明らかにしました。ちなみに、シドニー分類で、中等度以上の萎縮は、胃前庭部で感染小児の約11%、胃体部で4%に観察されました。一方、このような萎縮は、感染のない小児では1例もみられませんでした。最近、胃癌の発生率が高いコロンビアの小児においても、同様の結果が報告されています。萎縮を持つ感染小児が、胃癌のハイリスク群か否かについては、今後の検討を待つ必要があります。しかし、胃癌の予防戦略を考える時、感染予防を含め、小児期感染の対策が重要であると考えます。

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