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国立国際医療センター研究所 適正技術開発・移転研究部 部長 狩野繁之
本日は、マラリアの新しい診断法として、近年注目されている「迅速診断法」についてお話しいたします。
マラリアは、ハマダラカの刺咬・吸血で、Plasmodium属の原虫がヒトに感染して生ずる疾患です。現在、世界のマラリア年間罹患者数は3〜5億人、死亡者数は150〜270万人とWHO(世界保健機関)は報告しています。すなわち、エイズ、結核と並んだ世界3大感染症の一つです。一方、わが国で発症する輸入マラリア患者数は、近年減少傾向を示して年間60人余りですが、そのなかには治療が遅れて死亡する例も散見されます。
一度は対策が成功しつつあったマラリアの流行が、また着実に世界に再興してきた最も大きな要因は、薬剤耐性マラリアの出現とその拡散です。
また、殺虫剤に対するハマダラカの抵抗性もその要因の一つと考えられています。最近では、地球の温暖化に伴う環境変化が、マラリアの流行地を拡大する傾向にあるとも考えられ、先進諸国においても大きなトピックとなっています。
ところで、ヒトに感染するマラリアには、熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、そして卵形マラリアの4種類があります。
ヒトの赤血球に寄生したマラリア原虫が分裂増殖を繰り返すことで、患者は悪寒戦慄を伴う熱発作、貧血、脾腫を主訴とします。熱帯熱マラリアは病状の進行が極めて速く、迅速な診断と適切な治療が施されないと、脳マラリア、腎不全、肺水腫、低血糖、ショック、酸血症などを合併し、極端に重症化します。熱帯熱マラリア以外の3種類のマラリアは、比較的予後が良好ですが、三日熱マラリアと卵形マラリアでは、肝細胞内に休眠原虫(ヒプノゾイト)が形成され、数ヶ月後に再発することがあります。
マラリアの確定診断は、ギムザ染色を施した末梢血液塗抹標本を顕微鏡下に観察して、感染したマラリア原虫の種を形態学的に鑑別・同定することによります。さらには、PCR法による病原体に特異的な遺伝子の検出も信頼できる検査結果を提供できます。しかしながら、これら二つの方法による検査が、マラリアを疑う患者を目の前にして直ちに行うことができない場合には、マラリア迅速診断試験法(Rapid Diagnostic Test:RDT)のキットがきわめて有用です。
迅速診断法は、またしばしば「dipstics」とか「malaria rapid diagnostic devices(MRDDs)」などと呼ばれ、患者末梢血中にマラリア原虫が存在しているかどうかのエビデンスを提示することができます。本テストキットには、熱帯熱マラリア原虫の可溶性蛋白であるhistidine-rich protein 2 (HRP-2)と4種の原虫が共通して保有するアルドラーゼの二つの蛋白を検出するタイプと、熱帯熱マラリア原虫に対して特異的、あるいは他の3種の原虫と共通の原虫性乳酸脱水素酵素(pLDH)を検出する2つのタイプがあります。
前者は、Binax Now® Malaria という商品名のキットが現在広く世界で使われ、後者としてはDiaMed OptiMAL®-IT が良く使われています。
キットの抗原検出メカニズムを簡単に説明します。
キットには、短冊状の濾紙(dipstic)がはめ込まれてあり、前述した原虫特異蛋白に対するモノクローナル抗体が帯状に張り付けてあります。患者から採取した少量の末梢全血をその濾紙の一端に垂らし、バッファーで押し流してやると、溶血した血液が徐々に濾紙を移動していって、原虫抗原がモノクローナル抗体の位置に一致して捕らえられます。濾紙の端にはまた、紫色の色素が標識された抗マラリア原虫抗体がしみこませてあり、患者血液と共に泳動されて、モノクローナル抗体に反応した抗原をサンドイッチし、標識抗体もその位置にとどまります。結果として、陽性反応が肉眼的にモノクローナル抗体が貼り付けてある位置に一致した紫色のバンドとして検出されることになります。
本キットは熟練した技術を必要とせず、1検体15分程度で検査が終了します。簡易性、迅速性と言う点においては、他のマラリア診断法に比べて極めて優れていると言えるでしょう。
次に、本キットの鋭敏度と特異度についてお話しいたします。
マラリア迅速診断法の鋭敏度(Sensitivity)および特異度(Specificity)は、Binax Now® Malariaキットでは、熱帯熱マラリア原虫を検出する鋭敏度が92.3~100%、三日熱マラリア原虫では75~93.5%と報告されています。一方特異度は、熱帯熱マラリア原虫で84.5~100%、三日熱マラリア原虫で99.8%です。検出抗原蛋白が違うDiaMed OptiMAL®-IT キットでは、熱帯熱マラリア原虫に対する鋭敏度は89~94%、三日熱マラリア原虫に対する鋭敏度は91%、特異度は88~98%と報告されています。すなわち、Binax Now® MalariaキットとDiaMed OptiMAL®-ITキットの2つの検出法は、ほぼ同等の精度と考えられます。
迅速診断キットの鋭敏度に影響を与えるファクターとして次の5つがあげられます。
これらのファクターを勘案して、患者末梢血中の原虫数が血液1μLあたり100個の時に、95%以上の鋭敏度が示せる迅速診断キットの品質が望まれています。
迅速診断キットの臨床現場での有用性について考えてみましょう。
本キットは、旅行医学分野での有用性が強く認識されています。即ち、マラリア流行地を渡航中の発熱時に、適切な自己診断が本迅速診断キットで行うことができれば、患者にとって有効な緊急治療に辿り着くことができ、渡航者の生命の損失を回避できることになります。しかしながら実際は、渡航者の誤った使い方や判定があまりに多いことが外国ではしばしば報告されています。すなわち、自分の指をランセットで刺して採血ができない、説明書が読み切れない、陽性反応に客観性が保てない、などが問題です。
また、マラリア迅速診断キットの国内での臨床利用が現在、法律で制限されています。日本国内における使用実績が集積されていないことが大きな理由とされていますが、使用上に一定の問題点も残っています。即ち、迅速診断キットの結果を過信すると、もし偽陰性であった場合に治療が遅れたり、逆に偽陽性では必要のない薬剤副作用を招くようなことになることがあるかもしれません。しかしながら、補助診断法としての有用性は明らかで、本迅速診断キットを用いれば、あらゆる実地医家も輸入マラリアを診断することが可能になるでしょう。さらには、日赤血液センターや各病院の手術室などで、輸血製剤のスクリーニング法としても利用できると思います。
2007年4月1日に一部改正された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」では、マラリアは全数届け出の「四類感染症」に再分類されました。医師は、患者の血液材料から、顕微鏡下でマラリア原虫を証明かつ原虫種を確認するか、またはPCR法による病原体遺伝子の検出を行ったらば、マラリア発生届を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に直ちに届けなければならないとされています。いまだに法的には、本迅速診断キットによる診断結果は認められておりませんが、迅速診断法のわが国への導入が、今後積極的に図られてしかるべきであると考えます。
わが国の国際化がますます進むなか、迅速診断法を中心とするマラリアの適切な診断法、さらには有効な治療法などに特別な関心が払われることをのぞみます。