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Abbott A Abbott Japan Abbott: A Promise for Life
アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2008年3月21日放送

市中HIVクリニックの目指すもの

しらかば診療所 院長 井戸田一朗

HIV感染者及びAIDS発症者の動向

 HIV感染症は、HIVすなわちヒト免疫不全ウィルスによって引き起こされる、免疫力低下を特徴とする慢性感染症です。
 HIV感染症の報告数は年々増加しており、わが国においては1985年から2007年の累計で13,842人のHIV感染者及びエイズ発症者が報告されました。HIV感染症自体が性感染症であるという特性から、若年や働き盛りの世代が中心に影響されています。エイズ動向委員会報告によれば、2007年の国内の新規HIV感染者及びAIDS発症者数1,448名のうち、83%が20歳から40歳代でした。日本人男性が圧倒的に多く、感染経路として男性同性間性的接触によるものが59%を占めています。つまり、若い世代の特に男性同性間での感染が拡大しています。
 HIVに感染しますと、平均8年後に日和見感染症および悪性腫瘍に代表される、後天性免疫不全症候群すなわちAIDSと呼ばれる状態を呈します。1996年に登場した、抗HIV薬を3剤以上併用した強力な抗HIV療法による救命効果及び予後の改善に伴い、AIDSを発症した場合でも社会復帰が可能となってきました。抗HIV療法によるコントロールを維持できれば、天命を全うできる可能性もあり、HIV感染症の治療と予後は転換点を迎えました。

HIV治療と患者のマネジメント

 抗HIV療法は生涯継続する必要があります。内服率が95%を下回った場合、治療成功率は50%を切ると言われており、厳しい内服コンプライアンスを要求されます。そこで、HIV感染者が積極的に治療方針の決定に参加し、自らの決定に従って治療を実行し、それを続けていく姿勢が重視され、それをアドヒアランスと呼びます。抗HIV療法は短期的な副作用以外に、長期的な副作用について次第に明らかになってきました。代表的なものとして、高脂血症、高血糖、乳酸アシドーシスといった代謝異常や体脂肪分布異常があります。QOLに大きな影響を与える可能性があり、副作用のマネジメントは予後の面でもアドヒアランスを保つ上でも重要です。
 HIV感染症は多彩な日和見感染症を呈し、さまざまな診療科や院内部署との連携が重要です。HIV陽性者においてはうつ病やうつ状態の合併頻度が高く、何らかの形で精神科医や心理士の関与が必要となる例が多くあります。抗HIV療法にかかわる医療費は高額であり、医療社会福祉制度を活用しながら治療を進める必要があります。治療を継続するために、臨床医は福祉制度やNGOなどが提供するものを含め、さまざまな資源やサポートを調整しながら、総合的な視野で疾患のマネジメントを行う必要があります。
 つまり、HIV感染症においては、抗HIV療法の出現によりその予後が飛躍的に改善されたものの、治療は生涯にわたって継続する必要があり、短期的及び長期的な副作用や日和見感染症を管理しながら、HIV感染者自身が長期にわたって疾患に向き合い治療に参加する必要があり、また医療側は広い視野でもって、継続したマネジメントを提供する必要があると言えます。

市中HIVクリニックの展開

 現在HIV感染症は、各都道府県レベルで選定されたエイズ治療の拠点病院を中心にその診療がなされています。拠点病院は公的病院や教育病院であることが多く、特にAIDSを発症した場合、多彩な病態を呈する日和見感染症の総合的な診断治療に適しています。ただし、抗HIV療法が奏功して社会復帰が可能になった場合や、無症候性キャリアの場合、日常社会生活や学生生活を営みながら平日日中の通院をすることは必ずしも容易ではありません。さらに、都市部における一部の拠点病院ではHIV感染者の集中がみられ、診療キャパシティを超える施設がみられるようになってきました。拠点病院においてはHIV感染症をマネジメントできる医療者及びチームの育成は急務と言えます。若い世代の感染者が中心を占め、予後が改善した現状においては、HIV感染者が治療を継続しやすい形での医療サービス提供の枠組みが必要となってきました。
 そうした中で、市中のクリニックレベルにおいてHIV感染症に取り組む医療機関が都心においてみられるようになってきました。また一部の地区医師会において、開業医におけるHIV診療を推進する取り組みがみられています。しらかば診療所は、HIV感染症を中心とした医療を実現するプライベートセクターとして、2007年10月に東京都新宿区に開院しました。感染症内科の他、HIV感染者で問題となりやすい皮膚疾患や精神疾患に対応すべく、専門医による皮膚形成外科、精神科、心理カウンセリング、婦人科、不定期ですが眼科検診を行っています。都心に位置し、平日夜間・土日に診療時間を設定することで、利便性とアクセスを確保し、行政、地域、拠点病院、NGOなどあらゆるリソースとの協働・調整を展開しながら、一施設内における総合的なHIV診療の実現に向けてチャレンジしているところです。

当院の理念

 当院のもう一つの特徴として、当院がセクシュアルマイノリティと呼ばれる集団を主な対象としている点があります。セクシュアルマイノリティすなわち性的少数者とは、同性愛者、両性愛者、性同一性障害などを含む、異性愛者以外のセクシュアリティを持つ集団のことです。独特の疾患背景を有し、特に性感染症が関連する場合、医療機関へのアクセスへのバリアが高いことが言われています。欧米を中心に海外にはそうした医療機関がみられ、HIV診療や予防啓発の拠点となっていますが、国内では初めての試みです。当院は、従来の医療機関へアクセスが困難であったセクシュアルマイノリティへ充実した医療を提供すること、さまざまな資源と協調しながら医療の面からセクシュアルマイノリティを支援すること、診療活動から得られた知見を当事者及び広く社会へと還元することを理念としています。男性同性愛者におけるHIVを含む性感染症の流行を認識し、厚生労働省研究班との協働でHIV・梅毒・B型肝炎の即日検査を行っています。万が一陽性が判明した際、カウンセリングや治療へスムースに移行できるのが特徴です。

市中HIVクリニックの課題

 入院施設を持たない、スタッフの限られたクリニックとしてHIV診療を行う場合、いくつかの課題があります。一つは入院加療や専門治療が必要となる合併症がみられた場合の対応です。対応として、各拠点病院からの患者紹介を主としたサテライトクリニックとしての位置づけを明確にし、拠点病院との連携を強くすることが重要です。ただし、当院や保健所で陽性が判明したケースが増えており、その非常時の対応は今後の課題です。二つ目は医療制度の活用です。抗HIV療法が必要となった場合、障害者手帳や自立支援医療の申請においては、各自治体で異なる申請方法や窓口を介してのやり取りを必要とします。専任のソーシャルワーカーを雇用することは困難であり、クリニックレベルにおいては、職種を問わずワークシェアリングをし、最新情報にも目を配りながら制度活用をしていく他ありません。ソーシャルワーカーの派遣やアドバイス提供といった、公的な技術支援が期待される分野です。三つ目は薬局です。抗HIV薬は薬価が高く、また薬局自身も自立支援医療の指定を受ける必要があり、一般薬局が取り扱うにはリスクと敷居が高い処方薬と言えます。当院においては近隣ドラッグストアとタイアップし、診療時間に合わせた調剤を実現いただいています。院内カンファレンスに担当薬剤師の先生に参加していただき、在庫リスク軽減や最新情報のアップデートを行っています。
 当院では、こうした取り組みをパイロットケースとしてノウハウの蓄積を行い、学会等を通じて共有し、市中におけるHIVクリニックの一つのモデルを提案していきたいと考えております。

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