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兵庫医科大学感染制御学 教授 竹末芳生
米国では、手術ケアを改善することにより、術後合併症を軽減する目的で、surgical care improvement project(SCIP)が、2004年より実施されています。これは、医療保険システムのMedicareとMedicaidが CDC と協力して行ったプロジェクトで、最終的には予防しうるカテーテル関連性感染、心臓手術後の縦隔洞炎などの合併症に対して、医療保険側は支払いをしない姿勢で取り組まれています。感染症対策としては、予防抗菌薬適正使用、術中保温、血糖管理、適切な除毛処置が挙げられています。これにより、Medicare対象患者において、例えば予防抗菌薬では、投与時間24時間以内投与が41%から79%に、術前1時間以内の投与開始が57%から87%へと劇的に改善し、手術部位感染(SSI)も2001年の2.3%から2006年には1.7%と27%の減少が得られました。このように、米国ではガイドラインのみに頼らず、医療保険システムが直接手を下し、臨床医にプレッシャーをかけることにより大きな成果が挙げられています。
本日は、予防抗菌薬使用法の中でも特に日本で課題となっている短期間投与に焦点をしぼって話をさせていただきます。
予防抗菌薬は、手術開始時より術後数時間まで、適切な抗菌薬濃度を維持すればよいとされており、原則として術後24時間を越えての投与は認められていません。いろいろな手術で RCT が行われ、抗菌薬投与期間を延長しても、感染率は低下しないことが報告されています。結腸手術における臨床研究のメタアナリシスでも複数回投与と比較し、1回投与の術後創感染発生率オッズ比は1.17で差を認めていません。ただし、日本で行われた研究では、1回より1日投与の方が良好な成績が得られています。実際米国結腸直腸外科医学会のアンケート調査では、予防薬2回投与が最も多かったことが報告されています。
予防抗菌薬長期投与の問題点は耐性菌出現が挙げられます。それでは何日までなら術後感染菌を耐性化させることなく投与可能になるのでしょうか。冠動脈バイパス手術2641例を対象とした研究では、48時間を越える長期予防では、それ以下の短期予防と比較し、SSI のリスクは減少せず、有意に耐性獲得のリスク増加(オッズ比1.6)があったとしています。また予防抗菌薬3~4日間投与で、腸内細菌叢の中の有益な嫌気性菌であるビフィズス菌が減少し、腸球菌や緑膿菌などの耐性菌が増加することが報告されています。先日の SCIP でも24時間以内投与を勧めていますが、心臓手術では48時間まで認めています。日本では侵襲度の高い手術やリンパ節拡大郭清が行われており、それが短期投与に変えられない理由の一つになっています。日本外科感染症学会では1日と3日のRCT を計画していますが、その結果が出るまで、まずは48時間投与からスタートしてもよいのかと考えています。
短期投与に変更する前にまず、予防抗菌薬の効果を上げる努力も同時にしなければなりません。SSI の原因は、術中における細菌汚染によるものですから、手術中は主な汚染菌である大腸菌、肺炎桿菌、MRSA以外の黄色ブドウ球菌に対し、有効な血中濃度を維持するために、長時間手術では術中再投与が行われます。通常再投与の時間は半減期を参考に、セファゾリンでは、3~4時間とされています。実は他の多くの予防抗菌薬の半減期はセファゾリンよりも短く、さらに短時間での再投与が必要です。大毛らは術中のセファゾリン血中、組織中濃度推移を検討し、血中濃度は投与3時間後でも21㎍/mLといまだ高値を示すが、組織中濃度は皮下脂肪織、腹膜それぞれ3.5㎍/mL前後と予防抗菌薬の対象となる細菌をたたくには十分な濃度でなくなったことから、3時間での再投与の妥当性を臨床的に証明しました。
問題は、手術がさらに長時間になった場合の再々投与、また再々々投与ですが、本当にCDC が言うように初回再投与と等間隔でよいのでしょうか。ここで3時間目の血中濃度は前述のごとく約20㎍/mL残存しており、再投与を行った場合、血中濃度はさらにそれに上乗せされます。11例の術中セファゾリン血中濃度推移データから3時間ごとに抗菌薬を投与した場合のモデル解析を行うと、血中濃度は6時間、9時間、12時間で徐々に増加を示しました。一方、初回再投与を3時間後、その後の間隔を4時間ごとにすると、トラフ値(最低血中濃度)は13㎍/mL前後で、ほぼ安定した濃度を維持しました。クレアチニンクリアランスが低下した手術症例における抗菌薬の血中濃度は正常者よりも高く推移しますが、それを考慮して再投与間隔を1例ごとに変えることは実際的ではありません。安全性の面からも再々投与以降は4時間間隔がよいのではないかと推察します。なお、術中出血量が多ければ、より短時間間隔での投与が必要となります。
兵庫医科大学では、全病院的予防抗菌薬使用への介入を行っています。15診療科でマニュアルを作成し、平成19年2月より開始しました。長時間手術における術中再投与、1日3回投与を行った上で投与期間は2日間以内としました。なお、清潔な小手術は単回投与としました。投与間隔は日本では予防抗菌薬は1日2回投与、すなわち12時間ごとが一般的ですが、セファロスポリンなどの時間依存型の抗菌薬は、6~8時間ごと、1日3~4回投与が必要とされています。1日2回で3~4日間使用するよりも、1日3回で2日間の方が、耐性菌も出現しにくく、また、よりすぐれた抗菌効果も期待できます。
マニュアル導入後の遵守率を調査したところ、長時間手術における再投与は23%から75%、再々投与は以前はほとんど行われていませんでしたが、82%と改善されました。1日3回投与は6%から63%、投与期間は平均2.4日から1.6日と有意に短縮いたしました。ちなみに1日以内は47%で、目的の2日間以内が80%の症例で達成されました。コスト削減は年換算1659万円で、前後半年の手術部位感染は、下部消化管手術では18%から8%へと有意に減少を示しましたが、肝胆膵手術では13%から12%と差を認めませんでした。いずれにせよ、術中投与や1日3回投与をしっかりやれば、2日間以内の短期間投与は安全であることが確認されました。また、外科系病棟における緑膿菌検出者数はマニュアル前の月平均26例から実施後16例と有意の減少を示し、短期投与による耐性菌対策としての効果が全病院的に証明されました。
以上、予防抗菌薬の適正使用について述べてまいりましたが、コンプロマイズドホストでも短期間投与でも大丈夫かという質問をよく聞きます。このような症例でも2日間投与にとどめており、コンプロマイズドホストでは術後感染の診断を早期に行い、早期に治療抗菌薬を投与するといったスタンスが必要と考えます。心配だからもう少し使っておこうという考え方の医師が過去、少なからずみられましたが、予防抗菌薬は医者の精神安定剤ではなく、あくまでの患者のために使うべきであることを強調しておきたいと存じます。