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アボット感染症アワー
ラジオNIKKEI 2008年2月29日放送

ダニ媒介性脳炎

北海道大学大学院 獣医学研究科環境獣医科学 教授 高島郁夫

 ダニ媒介性脳炎はフラビウイルスによる人獣共通感染症で、マダニ科に属する各種のマダニにより伝播されます。ダニ媒介性脳炎にはロシアのシベリア地域と極東地域に流行するロシア春夏脳炎とヨーロッパに流行する中央ヨーロッパダニ媒介性脳炎の2つの病型が知られています。ともにウイルス保有のマダニの吸血により感染し発症します。またヤギも感受性を有し、乳腺で増殖したウイルスが乳汁中に移行し、ヒトが、汚染したヤギ生乳を飲みますとしばしば感染・発病します。
 本日はダニ媒介性脳炎について一般的な解説を行うとともに、北海道における我々の疫学調査成績、海外での日本人の感染例とワクチンによる予防について述べます。

ダニ媒介性脳炎の地域分布

 世界におけるダニ媒介性脳炎の患者は、毎年5,000人前後発生しており、1993年以降では10,000人前後に増加しています。ロシアにおける患者数は全体の50%以上を占めており、2000年には5,931名、2001年には6,399名と多発傾向にありましたが2007年には3098名と減少しています。ロシアについで患者が多い国はチェコ、ドイツ、リトアニア、ポーランド、エストニア、ラトビア、スイス、スロベニアなどで毎年、各国で100名以上の発生があります。

ウイルスの感染サイクル

 野外におけるウイルスの感染サイクルについて説明します。病原巣動物の小型野生哺乳類や鳥類からダニは吸血によりウイルスを獲得します。ヒト・家畜および大中野生哺乳類はダニの吸血を受けウイルスに感染し、その一部は発症します。
 これまでわが国にはダニ媒介性脳炎の存在は知られていませんでしたが、最近北海道においてダニ媒介性脳炎の患者が発見され、さらには原因ウイルスが分離されるなどダニ媒介性脳炎ウイルスの流行巣の存在が明らかとなりました。患者の発生状況および臨床症状は以下のようでありました。北海道渡島支庁管内の一酪農家の主婦が、1993年10月27日39℃台の高熱、吐き気と頭痛を伴って発症し、2病日には複視が出現し、3日後に入院しましたが高熱、歩行障害、痙攣発作が現れたため挿管し人工呼吸を必要としました。1994年の2月に退院しましたがダニ媒介性脳炎に高率に見られる後遺症である手、足および頚部の麻痺が現在も残っており、車椅子の生活を送っています。
 患者血清の抗体を検査したところダニ媒介性脳炎ウイルスの感染によると診断されました。さらに原因ウイルスは強毒型のロシア春夏脳炎ウイルスまたはそれに類似したウイルスによると推定されました。
 1995年には当地区においてイヌをおとり動物として疫学調査を実施しました。
 患者発生農家の近辺でイヌ10頭を放し飼いにし4月22日から毎週一回採血し抗体の測定とウイルス分離を行いました。4月22日では全例中和抗体10倍以下の陰性でしが、5月4日には2頭が陽性になり、5月27日には5頭が抗体陽性となりました。イヌの血液をマウスの脳内に接種したところ3頭からウイルスが分離されました。
 1996年4月と5月に調査地区において採集したヤマトマダニ成虫のメス300匹、オス300匹の計600匹をウイルス分離に用いました。メスの300匹から2株のウイルスが分離され、マダニの感染率は0.33%と算出されました。
 ウイルスの病原巣動物を推定するために患者発生地区で野ネズミ類を捕獲しウイルス分離を行いました。エゾアカネズミとエゾヤチネズミから1株ずつウイルスが分離され、これらの野ネズミがウイルスの病原巣動物と推定されました。

海外での発症例

 海外でダニ媒介性脳炎に感染し発症した症例につき説明します。
 まずオーストリアでの感染例について紹介します。61歳の日本人男性がザルツブルグに住む娘さんを訪ね、2001年6月2日に田舎においてマダニに刺されました。その後6月19日には髄膜炎を発症し、オーストリアで入院しました。病状は急速に髄膜脳炎ヘと進展し、四肢麻痺、意識障害、会話不可能となり、さらに器械的人工呼吸を必要となりました。9月6日には右大脳半球の出血にて死亡しました。
 ロシアで感染した症例につき紹介します。2006年6月、ロシア連邦イルクーツク地区に仕事で長期滞在している54歳の日本人男性が行楽中に感染し、高熱と頭痛の症状を伴い発症しました。7日間の入院後、回復しました。抗体検査でダニ媒介性脳炎と診断されています。
 これらの2症例はダニ媒介性脳炎の情報なしに、ワクチン接種を受けずに本病流行地域を旅行することの危険性を警告しています。最も患者の多いロシアでの流行地は極東地区からシベリア、ヨーロッパ地区まで広範に広がっています。最近、ヨーロッパでは流行国でウイルス汚染地域が拡大しております。またオーストリアではワクチンの接種が国民の88%まで実施されており、そのため患者が毎年100名以下と少なく危険がないように見えますが、野外ではウイルスが活発に活動しているためワクチン未接種の人はダニの吸血を受けると感染する危険性は高いと考えられます。
 ロシア春夏脳炎のヒトにおける症状は、頭痛、発熱、悪心および嘔吐に始まり、発症極期には精神錯乱、昏睡、痙攣および麻痺などの脳炎症状の出現することもあります。致死率は30%で、回復しても多くの例で麻痺が残ります。
 中央ヨーロッパ型ダニ媒介性脳炎の病型はロシア春夏脳炎のそれに非常に似ていますが2峰性の熱型を特徴とし、症状は比較的軽いとされています。 

ダニ媒介性脳炎予防とワクチン接種

 中央ヨーロッパダニ媒介性脳炎ウイルスから作製した2種の不活性ワクチンが販売されています。
 これらワクチンは共に0.5mLの1回接種量をシリンジに充填ずみの型で販売されています。通常法では1回目接種後1~3ヶ月後に2回目、9~12月後に3回目、さらに3年後に追加接種を行います。
 ワクチン接種は、ダニ媒介性脳炎の汚染地域の田園もしくは森林地帯に定住している人、または一時的に滞在する人を対象にします。特にダニ類の生息する流行地の森や林に入る人は感染の危険性が高いのでワクチンの接種が推奨されます。
 3回接種後の防禦は少なくとも3年間は持続します。この中央ヨーロッパ型のワクチンは、ロシア春夏脳炎型ウイルスと日本の分離株に対して効果があることが判明していますがこのワクチンは日本で現在、認可されておりません。
 さらにワクチン接種をせずに流行地を旅行する方は、マダニの生息する森、林、草地、藪などに入るときは長袖の服、長ズボンを着用しマダニ忌避薬を使うなどマダニの付着を避けることが感染予防に重要です。

 以上述べたようにダニ媒介性脳炎はロシアを中心にヨーロッパ各国を含めて毎年 5,000名前後の患者発生が報告されていいます。近年、多くの日本人がロシアやヨーロッパ各国の流行地域に滞在し、旅行しています。これらの日本人の大部分はワクチンの接種を受けておらずダニ媒介性脳炎の感染と発症が懸念されます。さらにわが国でも北海道においてダニ媒介性脳炎の患者が発生し、ダニ媒介性脳炎ウイルスが分離されました。このような状況下で国外の流行地に旅行する日本人および国内の流行地の住民を対象としたダニ媒介性脳炎予防のためのワクチンの接種が推奨されます。

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