![]() |
![]() |
![]() |
国立病院機構東京病院呼吸器科 医長 永井英明
結核に対する生体側の防御は細胞性免疫が担っています。したがって免疫不全状態では結核の発病率は高くなりますが、細胞性免疫が著しく低下するHIV感染症では最も結核発病のリスクが高いと言われています。
日本の結核の罹患率は結核対策により低下し、2006年には人口10万対20.6となりましたが、北欧などの先進国の結核罹患率が5以下ですので、日本の結核はまだまだ多いと言えます。また、HIV感染者数は右肩上がりに増加しており、2007年には1400名を越えました。このような状況の日本では、今後HIV感染症合併結核の症例が増加する可能性があります。当院でも両者合併例は1992年以来徐々に増加し、2006年末までに61例を経験しています。
結核患者におけるHIV感染症の合併頻度については、全国レベルの調査はありませんが当院の症例では、1~2%です。しかし、このデータは結核患者もHIV感染者も多い東京地区のデータであり、全国に当てはまるものではありません。
今後、HIV感染症に合併した結核の増加が予想されますので、臨床の現場では注意が必要です。
細胞性免疫が低下した状態で結核を発病すると、肉芽腫の形成不全、結核菌の抑制不全、大量の結核菌による頻回の再燃、局所リンパ節への波及、血行性の全身播種などが起こります。この場合、結核に特徴的な乾酪性壊死と空洞形成は起こりにくくなります。
症状は、発熱、倦怠感、体重減少、盗汗、咳嗽、喀痰などで、非HIV感染者の結核と同様ですが、これらは他の日和見感染症にもみられる症状ですので、症状だけで絞り込むことはできません。ツベルクリン反応は細胞性免疫の低下のためしばしば陰性になります。
胸部X線写真では、CD4数が350以上の免疫能が比較的保たれている時期では、肺尖部に空洞形成を伴う典型的な像を呈しますが、CD4数が50以下の免疫能が低下した時期では、下葉の病変、非空洞形成、肺門・縦隔のリンパ節腫脹、粟粒影など非典型像を認めるようになります。
HIV感染症に合併した結核では、肺外結核の頻度が高いのが特徴です。肺外結核としては、リンパ節結核および全身播種性結核が最も多く、他に消化管、泌尿生殖器、中枢神経系の結核もしばしばみられます。
結核の罹患率の高いわが国では、HIV感染者に胸部異常影を認めた場合は常に結核の合併を念頭に置き、結核菌の検索を行うべきです。血液培養での結核菌の検出は、非HIV感染者の結核ではまれですが、HIV感染者の結核ではしばしば認められます。また、進行が早い場合がありますので早期発見が重要です。
結核の治療ですが、薬剤感受性菌であれば、非HIV感染者における結核と同様に抗結核薬によく反応します。治療法としては、isoniazid、rifampicin、pyrazinamideの3剤とethambutolあるいはstreptomycinを加えた4剤を2ヵ月間投与し、その後pyrazinamideを除いて4カ月継続するという、いわゆる短期療法でよいとされています。しかし、臨床的に効果の遅い症例や3カ月以上結核菌の喀痰培養が陽性の症例では治療期間を延長すべきです。また、最近、6カ月治療では再発率が高く治療期間を延長した方がよいという報告があり、適切な治療期間について検討が必要であると指摘されています。
多剤耐性結核菌の場合はきわめて予後不良であり、感受性の残った薬剤とフルオロキノロン製剤などを用い、長期の治療が必要となります。
HIV感染症合併結核の治療行う上で注意すべき点としては、主に3つあります。
1つはHIV感染症では薬剤の副反応が起こりやすいということです。
抗結核薬と抗HIV薬を同時に内服する場合は両者の副反応を生じる可能性が高く、原因薬剤の同定が困難となるだけでなく、すべての治療を中断せざるを得ない状況に追い込まれることがあります。
2つ目はrifampicinを含むrifamycin系薬剤と抗HIV薬との間に薬剤相互作用があるということです。
rifamycin系薬剤は肝臓と腸管において代謝酵素cytochrome P450の誘導作用が強く、この酵素によって代謝される抗HIV薬のプロテア-ゼ阻害薬と非核酸系逆転写酵素阻害薬の血中濃度は、rifamycin系薬剤の併用により著しく低下し、抗HIV作用は低下します。
3つ目は免疫再構築症候群が起こることがあるということです。
結核治療中に早期に抗HIV療法を開始した場合、結核の一時的悪化をみることがあります。その場合、高熱、リンパ節腫脹、胸部X線所見の悪化などが見られます。この反応はHIV治療により細胞性免疫能が回復し、生体側の反応が強くなったために引き起こされると考えられており、免疫再構築症候群といわれています。
免疫再構築症候群と診断された場合は抗結核薬の変更は必要ありませんが、症状が強い場合は抗炎症剤や短期の副腎皮質ステロイドの投与、重症例では抗HIV薬の中止が必要になります。
近年、強力な抗HIV療法が導入されてからHIV感染症の予後は著明に改善し、AIDS関連疾患の減少と死亡率の減少が認められています。したがって、結核の診断がついたときにすでに以前よりHIVの治療を行っている患者では、抗HIV薬はそのまま継続します。
結核の診断がついた時点で抗HIV薬の投与を行っていない症例については、結核の治療を優先します。結核の治療を失敗した場合、死に至る可能性があるためだけでなく、周囲への二次感染を引き起こし、多剤耐性結核菌の出現をもたらす可能性があるからです。
結核の治療開始後に新たに抗HIV療法を開始する場合は、先ほど申し上げました3つの問題点についての配慮が必要であり、いつからHIVの治療を開始すべきかしばしば悩みます。HIVの治療開始時期について、evidenceの明確なガイドラインはありません。
HIVの治療開始時期はCD4数により以下の3つに分けられます。
1つ目はCD4数が極めて少ないためにできるだけ早急に始めるというものです。
2つ目はCD4数にやや余裕があり、2カ月間、結核の治療を行い、その後治療を開始するというものです。2カ月後ではpyrazinamideを中止とするので薬剤数が減るだけでなく、免疫再構築症候群が起こりにくくなるからです。
3つ目はCD4数が高値で免疫機能が安定しているので、結核の治療が終了してからHIVの治療を開始するというものです。
この3パターンを分けるCD4数の基準が、表のように種々のガイドラインで異なります。現時点ではWHOの基準が広く使われています。しかし、著しく免疫機能が低下した症例では、HIVの治療を遅らせることは日和見感染症の合併が多く危険であり、できるだけ早く始めた方がいいという立場もあります。
私はできるだけHIVの治療を遅らせるという方針をとっています。抗結核薬の副作用やその他の合併症の治療のために、予定通りHIVの治療を開始できない症例が多いのが実情であり、症例毎の配慮が必要であると考えているからです。