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東京厚生年金病院皮膚科 部長 南光弘子
「疥癬」はダニの仲間のヒゼンダニと呼ばれるダニが原因で皮膚に頑固な痒みを生じる疾患です。本邦でも西日本を中心に昔から見られて参りました。第二次世界大戦直後に世界的にも大流行しました。このダニはヒトの皮膚に棲家を作って長期間寄生するダニで、性行為や老人介護などによりヒト肌からヒト肌へと直接感染し、約1ヶ月の潜伏期間ののち、頚部以下全身性のかゆみが生じ、ひどくなると夜も眠れないほどの頑固な痒みを作り出すことが特徴のダニです。痒みはヒゼンダニの糞や虫体成分に対する一種のアレルギ-反応と考えられてきました。近年では高齢者施設における疥癬の蔓延が問題になっております。
ヒゼンダニはメス成虫が体長0.4㎜、オスはメスの6割ほどの大きさで、皮膚を掘って角質層の深層、顆粒層直上に受精メスだけが棲家を作り産卵します。1個体でせいぜい5~15匹程度の受精メスしか寄生していないとされ、顕微鏡検査でも虫が見つかりにくいことから、従来、疥癬は誤診されやすい皮膚疾患とされてきた所以でもあります。
疥癬の臨床症状ですが、まず他の皮膚疾患と共通の症状があります。腋下やその周囲、腹部、側腹部、大腿、股部、臀部、四肢など頚部以下全身に赤い丘疹が散布し、痒みによる掻破痕も混っております。しかし、他疾患との鑑別は手の観察が大切です。特に手掌と指、指の股や指の指間側、さらに手首屈側もよく観察して下さい。この部位に丘疹、小水疱や膿疱、線状の皮疹などの何らかの皮膚症状が観察できれば、もうそれだけで疥癬の診断に強く傾きます。特に皮膚紋理すなわち指紋に沿って見られることが多い線状疹は“疥癬トンネル”と呼ばれ、産卵中の虫の棲家、すなわち疥癬の特異疹ですので、顕微鏡による虫体や卵の検出率が最も高いところです。線状疹のささくれ立っている側が虫の侵入口で、虫はその反対側の盲端にいることがわかっています。最近ではダ-モスコピ-による観察で黒い三角点が見られる部位が虫の棲息部位であることも判って参りました。また男性患者では陰部に皮膚症状があることも特徴です。丘疹ないしやや大型の結節が比較的高率に観察できます。結節性病変も疥癬トンネルに次いで虫が検出できる部位ですので疥癬トンネルとともに顕微鏡検査を実施する意味があります。産卵中のメス成虫1匹あるいは卵や卵孵化後の殻、糞などが確認できれば診断が確定します。
疥癬にはもうひとつ、特殊型の角化型疥癬があります。従来ノルウェ-疥癬と呼ばれてきた病型です。外国ではcrusted scabiesすなわち“かさぶた”(か皮)を意味する“か皮型疥癬”の呼称が一般的です。免疫の弱った寝たきりのお年寄りやAIDSその他の免疫能低下をもたらす基礎疾患者、また何らかの理由でステロイドや免疫抑制剤の全身投与を受けているもの、など特殊な状況下で生じやすく、1個体での寄生虫体数が驚異的に増加し、100万匹~200万匹あるいはそれ以上になる病型であります。これが近年問題となっている高齢者施設などでの流行の発端となる病型なのです。1個体でこれだけいればSTDのような感染経路でなくとも数日の比較的短期間の潜伏期間で周囲のものにも容易に感染が成立します。かさぶた5㎣に200匹いるとの近年の報告もあります。手足、腰臀部、骨突出部位の肘・膝などにざらざらした角化性病巣が生じ、皮膚全体が赤黒く潮紅している症状です。病巣は頭部にもおよび、まるで脂漏性皮膚炎のようです。またこの病型は痒みが軽微で訴えが少ないことも多く、注意が必要です。麻痺して拘縮した手掌を見逃していることもあります。角化型疥癬は外来受診患者でも見ることがありますので、診察時にはズボンや靴下も脱いでくまなく観察することが見落としを防ぐコツともいえます。虫をみつけるのに困難さを感じる通常の疥癬とは対照的で、診察時に疥癬の診断が念頭にありさえすれば、顕微鏡検査で即座に診断が確定します。いずれの皮膚病変からも1視野に種々の成長段階にある虫体が多数確認できるためです。また角化型疥癬では爪も観察することが大切です。爪白癬に似た白濁・肥厚が見られたら顕微鏡検査が必要です。駆虫治療をしてもここが虫の温存部位になって再燃する可能性が残るからです。兎に角、疥癬の流行・集団発生をみたら同一ユニットにいる患者をすべてチェックし、隠れた角化型患者を見出す努力が求められます。
従来、本邦では疥癬に対する特効的駆虫薬がなく、臨床現場では各医師の裁量に委ねられてきました。本邦で保険適用があり、使用可能な薬剤は硫黄軟膏のみでした。小児、妊婦・授乳婦、高齢者にも安全な抗疥癬薬として5~10%程度の濃度で今も使用されています。また動物における疥癬治療薬としてかつて開発されたクロタミトン外用薬も適用外使用ではあるが、現実にはヒトの疥癬で繁用され、今も使用されています。ごく最近ですが、ようやく社会保険支払い基金より保険診療報酬の審査上はその使用を容認するとの通知が出され、クロタミトン外用薬も疥癬の診断でわだかまりなく使用できるようになりました。
一方、集団発生必発の角化型疥癬を診断した場合には即座に患者を個室隔離し、ガウンテクニックを実施します。駆虫薬は切れ味のよい安息香酸ベンジルやγ-BHC製剤などの使用による院内調製薬を患者同意下で使用して参りましたが、イベルメクチンの登場により、今後はそちらへと切り替わり、これらの使用は廃れる方向にあると推察されます。
夢の特効薬、1回飲めば完治できると謳われたヒトの疥癬に対するイベルメクチン使用は2005年に「特定療養費」 制度下での使用承認 を経て、2006年8月にようやく全面的な保険適用となりました。診断が確実な場合、角化型はもちろん、通常疥癬でも晴れて内服治療が可能になりました。200μg/kgの空腹時単回投与が原則で、1錠が3mgですので例えば体重60kgの方では1回に4錠の内服となります。他の寄生虫症と違って、2回目投与が必要な場合は2週間後ではなく、1週間後がよいとされております。疥癬以外の広域寄生虫に対しても特効的な駆虫薬で、すでに世界中で使用され、安全性が比較的高いとされてきました。作用機序は無脊椎動物が有するGABA作動薬として作用し、末梢筋の強直性麻痺を起こし死に至らしめるということで、哺乳類では血液-脳関門を容易に通過できないこともあり、ヒトでの安全域は確保されているものと考えられているためです。しかし、疥癬に対する臨床治験を実施せずに承認された薬剤ですので肝障害などの副作用にも気をつけながら経過観察することが求められます。すでにStevens-Johnson症候群や中毒性表皮壊死症などの重症薬疹の副作用報告もみられています。2007年現在、疥癬に対しイベルメクチンの使用が承認されている国はフランス、オランダ、メキシコ、日本、ニュ-ジ-ランドの5カ国です。アメリカなど他の国では疥癬治療の第一選択薬は本邦では使用できないピレスロイド系のペルメトリン外用薬となっています。その理由は従来使用されてきたγ-BHC製剤に比較し駆虫効果が優れ、毒性が低く、環境にも優しいという点が挙げられています。
また近年ではイベルメクチン耐性の疥癬虫の発生がオ-ストラリアから報告されており、安易な頻回使用に対して警告が出されました。イベルメクチン内服療法は疥癬の爪甲病変には無効とされており、駆虫外用薬と角質軟化剤やブラッシングとの組み合わせなど、何らかの局所療法も併行して実施する必要があります。爪甲病変に関する局所治療法はまだ確立しておらず、今後の検討課題でもあります。