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熊本大学大学院薬物治療学分野 准教授 佐藤圭創
インフルエンザウイルス感染症は、高齢者を含むハイリスク患者の肺炎、脳症合併による高い死亡率、新型インフルエンザウイルス大流行の可能性から、最も注目される研究分野の一つです。しかし、その治療に関しては、治療薬であるノイラミダーゼ阻害剤の不足や耐性、副作用、新型インフルエンザウイルスワクチン開発の遅れ、宿主の過剰な免疫反応による重篤化に対する治療法が確立されていないことなど多くの問題が残されており、一日も早い新たな治療薬の発見・開発が望まれています。
そこで、本稿ではインフルエンザに対する基礎的事項の解説とインフルエンザ感染症におけるマクロライド療法の有用性ついてお話します。
通常の風邪が、咽頭痛、鼻汁、咳などの症状が徐々に出るのに対し、インフルエンザの場合は、急に発症する38度以上の発熱、頭痛、関節痛、筋肉痛などが起こり、それに加えて、咽頭痛、鼻汁、咳などの症状が出現します。さらに、インフルエンザは非常に流行しやすく、乳幼児、高齢者、心・肺等に基礎疾患のある患者では重症化し最悪の場合死に至ることが通常の風邪とは大きく異なります。
このインフルエンザの病態は、インフルエンザウイルスそのものによるもの、細菌性肺炎などの二次感染によるもの、インフルエンザ感染によって引き起こされる宿主の過剰な免疫反応によるものの3つの因子から形成されています。従って、治療や病態の解析を行う場合、この3つの因子を念頭において進めていくことが肝要です。
インフルエンザウイルスそのものによるものに対する対応ですが、まずは、予防をしっかりすることが大事です。そのためには、まずワクチンを打つことと、日常生活では、栄養と休養を充分にとる、人混みを避ける、適度な温度湿度を保つ、外出後の手洗いうがいの励行、マスクを着用する事などに気をつけることが大切です。
それでもインフルエンザウイルスに感染した場合、基礎疾患や社会環境に応じて、抗ウイルス剤を使用します。このなかで、ノイラミニダーゼ阻害剤のオセルタミビルは、異常行動との因果関係の可能性が否定されておらず、10歳以上の未成年の患者には原則として本剤の使用を差し控えるとなっており注意が必要です。
インフルエンザの二次感染で最も問題になるのは肺炎です。この肺炎には、インフルエンザそのものによる純ウイルス性肺炎、肺炎球菌、黄色ブドウ球菌などによる細菌性肺炎、さらにウイルス性肺炎と細菌性肺炎が併発した混合性肺炎があります。この中で、細菌性肺炎は、頻度が高く、患者の予後に大きく関係するため、そのコントロールが重要です。近年、インフルエンザ続発性肺炎に、肺炎球菌、黄色ブドウ球菌以外に、クラミジアやマイコプラズマなどの非定型病原体の感染の報告もあります。よって、インフルエンザに続発する、気道感染や肺炎の兆候がある場合、非定型病原体にも抗菌力を有するマクロライド剤の投与は有効と考えられます。もし、肺炎に進展した場合は、その起炎菌にあった抗菌剤による治療が必要です。
インフルエンザ感染によって引き起こされる宿主の過剰な免疫反応による病態への対応を考えてみます。この病態にたいしては、免疫調整作用で注目を浴びているマクロライド剤が貢献できる部分です。
近年、クラリスロマイシンなどの14員環マクロライドは、抗菌活性だけでなく「新作用」といわれる様々な生物活性があり、各種疾患の治療薬として期待されています。その作用機序として、クオラムセンシング阻害やバイオフィルム形成阻害などの微生物に対する作用に加えて、Cl-チャンネル阻害による気道分泌抑制作用、サイトカイン生成阻害等による免疫修飾作用などの宿主側に対する作用が明らかになってきています。
これまでの私たちの研究で、マウスインフルエンザウイルス肺炎において、ウイルス量のピークは第4病日で、第10病日でウイルスはほとんど消失するのに対し、肺炎はウイルスが減少しても増悪し、その後マウスが死んでいくことがわかりました。即ち、インフルエンザの病態の重篤化には、インフルエンザウイルスそのものよりも宿主の過剰な免疫反応が関連していると考えられました。ヒトの場合も同様で、インフルエンザウイルス抗原が陰性化したにもかかわらず、肺障害が進行する例が見られます。つまり、過剰な免疫反応による病態のコントロールが重要だと考えられます。
そこで、過剰な免疫反応に伴い生成されるフリーラジカルを抑制することが治療に結びつくかマウスの実験で検討したところ、superoxide生成系の抑制とNO生成系の抑制との両方で、マウスの生存率が改善することが確認出来ました。即ち、宿主の過剰な免疫反応によるフリーラジカル生成の制御で治療効果が発現することがわかったのです。
この系にマクロライド剤を投与してみると、明らかにインフルエンザ感染マウスの生存率の改善を認めることがわかりました。さらに、そのメカニズムを検討するとフリーラジカル生成系の誘導を引き起こすIFN-γの生成がマクロライドにより抑制され、フリーラジカルの一つのNOの生成を減少させることが確認されました。マクロライド剤の有効性とそのメカニズムが実験的インフルエンザモデルで確認出来たのです。
では、実際のヒトでのインフルエンザ感染では、どうでしょう?
クラリスロマイシンを少量長期投与した慢性気道感染症の患者(200 mg 一日一回投与)のインフルエンザ感染時の血清を用いて、フリーラジカル生成系に対する効果について検討しました。その結果、クラリスロマイシンを少量長期投与した患者において、フリーラジカルの生成系の誘導をかけるIFN-γの低下を認めると同時に、superoxide 生成系の抑制とNO生成の減少傾向を認めました。このことから、ヒトでもマウス同様に、クラリスロマイシンが過剰な免疫反応によるフリーラジカル生成系を抑制することで治療効果を発現する可能性が示唆されました。
近年の研究で、インフルエンザ感染におけるマクロライド剤の臨床効果については、渡辺らによる発熱抑制効果、二宮らによる肺炎抑制効果、鈴木らによる咳の減少効果などが報告されています。そのメカニズムについては、白木らによるIL-12生成亢進による抗ウイルス効果、我々が報告したINF-γ/フリーラジカル生成系の抑制効果などがあります。白木らは、マウスインフルエンザ肺炎モデルにおいて、クラリスロマイシンが感染初期の気道内IL-12産生を誘導することにより、ウイルス量を低下させ肺炎を軽症化させることを報告しております。この研究は、マクロライド剤の直接的な抗ウイルス作用の存在を示した貴重な研究です。また、インフルエンザウイルスでなくライノウイルスでの検討になるものの、山谷らによるデフェンシン放出促進、細胞内侵入抑制,ICAM-1抑制、ムチン生成抑制の報告も興味深く、マクロライド剤の臨床効果の発現に寄与していると考えられます。
以上より、マクロライド剤のインフルエンザ感染症における効果は、その3つの病因の中で、ウイルスそのものに対してはIL-12生成亢進による抗ウイルス効果が期待され、二次性の肺炎に対してはマクロライド剤の抗菌活性の効果が期待され、さらに宿主の過剰な免疫反応に対しては、フリーラジカル生成系に対する抑制効果で重篤化防止効果が期待されます。つまり、インフルエンザの病態における3つの病因のすべて対しマクロライド剤の効果が期待され、インフルエンザ感染症において、マクロライドに関する臨床的・基礎的研究の更なる発展が望まれます。